2010年07月26日
電気自動車の元祖「たま」ちゃん
【菊】です
2010年度機械遺産に、電気自動車の元祖『たま』ほか、
6件が選ばれました
機械資産とは日本機械学会が創立110周年の記念事業の一環として
日本の産業発展に貢献し、歴史的な意義を持つものに設置したものです。
たま電気自動車が登場した終戦直後は石油不足だったけど、
電力供給には余裕があったため、政府は電気自動車の生産を奨励。
戦後、自動車メーカーへの転換を模索していた
飛行機メーカーの立川飛行機が開発したのが、たま電気自動車
当時は、最高時速が35Km、
1回の充電で65kmの走行だったそうです
驚きは、木骨鉄板張りの車体構造!
木骨っていうことは、木造鉄板づくり?
その後、順次改良され、51年頃までタクシーなどに使われた。
49年に発売された『たまセニア』号では
1充電200kmの走行が可能で、
これは現代の日産『リーフ』並みです。
小型トラックも作られた。
その後、ガソリンの供給需要が好転し、
また蓄電池材料の価格高騰により、一連の開発は中止されてしまった。
2010年度機械遺産に、電気自動車の元祖『たま』ほか、
6件が選ばれました
機械資産とは日本機械学会が創立110周年の記念事業の一環として
日本の産業発展に貢献し、歴史的な意義を持つものに設置したものです。
たま電気自動車が登場した終戦直後は石油不足だったけど、
電力供給には余裕があったため、政府は電気自動車の生産を奨励。
戦後、自動車メーカーへの転換を模索していた
飛行機メーカーの立川飛行機が開発したのが、たま電気自動車
当時は、最高時速が35Km、
1回の充電で65kmの走行だったそうです
驚きは、木骨鉄板張りの車体構造!
木骨っていうことは、木造鉄板づくり?
その後、順次改良され、51年頃までタクシーなどに使われた。
49年に発売された『たまセニア』号では
1充電200kmの走行が可能で、
これは現代の日産『リーフ』並みです。
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また蓄電池材料の価格高騰により、一連の開発は中止されてしまった。
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